全ては自分

 この世界は自分の意識だと気づいて、よく考えてみると「自分の意識」が眼前に現れているのですから、現れているものは全部自分ではないですか。

 あの人もこの人も全部自分の意識が作り上げた人、つまり自分。それもこれも物も植物も太陽も全部。バーチャルリアリティなのではないでしょうか。

 そうすると嫌な人というのも自分なのですよね。となると親しみがわくではありませんか。うまくいかなくても全部自分が作り上げているのですから、なんとでもなりそうなものです。

 ですが、そう上手くいくことばかりではありません。何故なのか考えました。楽しいこと、上手くいくことは良い…確かにそうです。でも、そればかりというわけにはいかないのでしょう。

 陰陽のマークがありますね。

 世界はこのようになっているのではないかと思うのです。白と黒がある。白だけでもだめで、黒だけでもだめ。その中にまた逆の色が入っている。という秩序のある世界なのではないでしょうか。このマークはこの世界そのものという気がします。

 良いことがあれば良くないこともあり、良いことであっても良くないことが含まれ、良くないと思われることの中にも良いことが含まれる。良い人がいれば良くない人がいて、良い人でも良くないところがあり、良くない人でも良いところがあり。

 そう考えれば気楽です。決まりごとなのですから、「何故あんなイヤな人がいるんだ!」「何故こんなことが自分にふりかかるんだ!」と怒りながらも、芯のところでは納得できるわけです。

 とはいえこの秩序ある世界の決まりごとも、結局は全部自分なのでしょうけれど。


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