”能動的にやるよう強いられているという感じ”と前回書きましたが、
ちょうどそんな感じを昨日覚えました。
それは朝お弁当を作っている時でした。ゆで卵をいつも作りますが、茹でるのに使ったお湯は捨てています。ところが、昨日はふと「これでブロッコリーを茹でてみよう」と思ってしまったのでした。
ブロッコリーを4分の1ほど分けて切り、残ったお湯を沸かして投入しました!なんとおそろしい!!
卵の殻についている菌を殺すためにおそらくものすごく強い殺菌剤等が使われているに違いありません。それがお湯に溶け出しているはずです!
普通ならば、そういう考えができるはずなのに昨日はそれを考えることなく、ブロッコリーを残りのお湯で茹でたのです。これは一体どういうことなのでしょう。
そして、茹で上がったブロッコリーをひとつ食べた時、「大丈夫かな?」と思いましたが、さらにもう1つ食べました。その後、少し舌に痺れを感じました。
ああ、やはりダメだった…とこの時ようやく分かったのです。すぐ夫にブロッコリーは食べないよう連絡を入れたのでした。
帰ってきた夫は「添加物とかいつも気にしてるからそんなことするはずないのにね」と不思議がっていました。そうなのです。不思議なのです。これがいわゆる「魔がさす」というようなことなのではないかと思いました。
いつもはしないような判断をしてそのまま突き進んでしまい、その後やはりよくなかった、とようやくわかる、そんな感じ。
「魔がさす」というのは主に、いつもはしないようなおかしな判断をして、結果良くなかった…という意味合いなのだと思いますが、逆におかしな判断の結果、良かったということもあると思います。
アトラクションの乗り物が進む人生において良いとか悪いとか関係なく、頻繁に起こっているように思います。自分では制御しきれない行動をとってしまい、その結果こうなった、ということが。
まさにこれが”能動的にやるよう強いられているという感じ”ではないかと思うのです。


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