先日書いた「引き寄せの法則の核心とは」ですが更に考えてみました。
まず、自分の意識であるこの世の中、全ては自分ですが本当の自分はそこにはいない、ただゲームキャラクターのように見えている、ということ。それを基本に考えます。
そのキャラは意識の中つまり、この世ででいろいろなことを体験しています。良いことも悪いことも、そうでもないことも。それはまるでアトラクションの乗り物が決められた複雑なレール上を走っているかの如く。
その中で何かを引き寄せるということはあるのだろうか、とまず思いました。自動的に走るアトラクションの乗り物に乗りながら自ら何かを手繰り寄せるような何かができるのだろうか?と。
アトラクションの乗り物に乗りながらレールを勝手に作り変えていくようなことができるのでしょうか。
自ら何かを行うことができるのだったら乗り物に乗っている意味がないというものです。いや、意味自体も意味がないのかしら。
そう考えていて、以前息子、その友達と私たち夫婦での偶然VS必然の論争(討論か?)を思い出しました。どっちもありかと思いますが、私と夫は世の中のことは必然である派ですね。
アトラクションの乗り物の話もしたのですが、皆ピンときていないようでした。この世のことはアトラクションの乗り物だとしたら必然一択なんですけどね。
ということで、引き寄せをするとかしないとか、それがうまくいくとかどうとかいうことも決まっており、先日書いていてなんなんですけど、引き寄せの核心も何もないのではないのか、と。
勝手に結論づけ勝手にひっくり返して恐縮です。
ただ、引き寄せに関心を寄せ、引き寄せをしようとし、それをどうこうしてどうなる、というそういうレール上の場所にきたのではないのでしょうか。
となれば、今は引き寄せのことに意識を集中していればいいのでしょう。


コメントを残す