乗り物のレールが大きく曲がっていくのを感じています。
それに抵抗しようとしたのですが、だめでした。頭ではそのまままっすぐ進めばきっと安穏な生活を送れるのに、とわかっているのに、です。
「そちらではない」とでもいうように、流れの滞るようなことばかりが起こりつづけるのです。それが去年の終わり位からどんどん起こり続けるのでした。
私は観念しました。もうこれはこのまま行ってはいけない、自分の奥底に沸き続けていることを直視する時が来たのだ、と。
まっすぐ進むことをやめ、いや、まっすぐではなく、もしかしたら曲がっていたのはここ5年ほどで、本当はまっすぐな道に戻るだけなのかもしれません。
きっとそれが本来の道、なのでしょう。それを選んだ時から私はとても身軽になりました。そして滞っていた流れがまたさらさらと流れ出したように感じています。
「もったいないと思うものほど捨てるとその分良いものが入ってくる」と何かで読みました。本当に大事でないものを大事だと信じてそれを握り続けていると、本当に大事なものはつかめないのでしょう。
それを実感するための5年だったのかもしれません。決して無駄ではなかったと思います。そこでしかわからなかったこともたくさんあります。
意識の乗り物は進んでいます。もう、その時の場所にはいないのです。その時に感じたことももう、その時と一緒に流れています。今、そのことを感じてはいません。
過去のことを考えていると、意識の乗り物から今見える景色が見えなくなります。実に勿体ないことです。
今、この瞬間もはかることのできないない速さで変わり続けているのだから過去に通った場所のことを考えている余裕はないのです。


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