そういう訳で

 私が今に至る経緯を書いてまいりました。そういう訳で2番目に書いた記事に戻るわけです。

それはお気づきかと思いますが、前回のこちらからきていたのです。

ようやく準備が整ったという気がしています。

ではまいりましょう。

 そういう訳で私は今、仏教にも禅にも、精神世界にも興味がなくなっています。自分の奥からくる何かを感じ取ることにしたのです。

 今私が感じ取っていることを書きたいと思います。それは、この世の中は自分の意識なのだということ。

 試しに目を閉じてみてください。もちろん何も見えません。見えないということはそこにないのと同じです。あるはずだということは言えると思いますが、見えないものを「ある」とは言えないのではないかと思うのです。

 でも、見えても「ない」ものもあります。テレビや動画に映る人や物や動物は見えてもそこにはありません。

 ということは、全部自分の意識で見ているのではないかという気がしているのです。あっても、なくても、それは自分の意識があるからこそ見える、自分の意識が世の中を作っていると。

 では自分の意識がなくなれば、この世も消えてしまうのだろうということになりますね。確かに、夜、寝ているときはこの世が消えています。

 意識がなくなるということは、「死」もそうなのかもしれないですが、それはちょっと別なのではないかと思います。死というのはこの意識の入れ物である肉体がなくなることであって、意識はなくならないのではないか、という気がするのです。


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