この世は自分の意識である、と思っていてもやはり周りのできごとに気分が揺れるものです。
挨拶しても無視されたり、こちらの言うことに反応さえしてくれなかったり。これなんなんでしょう。自分の意識なのであるからそういうことも「込み」だとわかっていてもです。
冷静になって考えると、わかるのです。それは自分の意識の中のお芝居みたいなもののうちのひとつであるのだと。
悲しくなったり、せつなくなったり、そういう感情を抱かせるために行われているのでしょう。ですから、そういう時は、我慢しないでそのまま悲しくなったり、せつなくなったりすれば良いのです。無理におさえることはないのです。
そして、今度は楽しい、嬉しい、が浮かび上がります。陰陽をいったりきたり。どっちがどっちだかそれはもうどうでも良いことで、丸い陰陽そのものを意識として楽しめばよいのでしょう。


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