そう書いていて、ふと「そうかしら」と立ち止まって考えました。
ええ、やはり、そう思います。自分が見ているものが全てです。自分が見ていないものはないのです。見えたらそこにあることになります。先日も書いた量子力学の二重スリット実験じゃないですが、見るとたちまちそこに出てくるのではないかと思っています。
見えていなければ、ない、と同じでその時その瞬間、それは、ない。そう思います。だとしたら、イヤなあの人(自分の意識のお芝居のキャストですけど)がそこにいないのに、その人のことを考えるのは無駄なように思いますね。いない、のですから。
もったいないので、好きなあの人のことを考える方が有益なように思います。まあ、その人もそこにはいませんけどね。
じゃあ、そこにいない誰かのことを考えるのは無駄なのかというとそんなこともないとは思います。イヤな人のことを考えてイヤな気分を味わったり、好きな人のことを考えてウキウキしたり、それはそれで芯の自分が喜んでいるのではないでしょうか。
まあ、思い浮かぶのなら、好きなだけイヤになったり、ウキウキしたりすればいいのでしょうね。その人はそこにはいませんけれど。


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